子供はお金がかかると言うけれど、やりようによっては案外そうでもなかったり
大人も子供も人間の基本は衣食住で「起きて食べて着替えて(仕事やら勉強やら遊びやらして風呂に入って)寝る」だけの存在です(大人と子供の違いはセックスが入るか入らないかだけ)
何に関しても贅沢を求めればキリがないので、修行中のお坊さんのようなレベルの質素倹約に努めなくても「最低限これだけあれば」と思えるラインを引っ張って工夫すれば道は開けます
たとえばコンビニに置かれているフリー(無料)のパンフレットがあれば切り絵にも折り紙にもなるわけで、何ならいたずら書きにも使えます
ぐしゃぐしゃに丸めれば当たっても痛くないボールにだってなります
最後はゴミ箱に入れるだけ
処分に困ること無くズバリ0円
仮にデザインや素材に凝ったボールを買えば数百〜数千円かかります(キャラクターなんかが描かれていれば子供の気持ちもあり尚更処分に困ることに…)
昭和の缶蹴りなんて誰かが捨てた缶を使うだけなので、広場さえあればこれも0円でできる遊びです
他方、最新のゲーミングパソコンで遊べば数十万円軽く飛びますし、ゲーミングモニターやゲーミングチェアまで用意すれば更に桁が変わります(しかも全くありがたくないことに、そこにもれなく運動不足と視力低下のオマケが付いてきます)
こうした見えない「差」の連続が『子供はお金がかかる』という幻想を生み出しているのではないでしょうか
懐古主義ではありませんが現代は一周して「昔の当たり前」の子育ての形が案外フィットする時代なのかもしれませんね
温故知新
故きを温めて新しきを知る…(-人-)